(ホーム)
(漢方生理学総目次)
(総論) (気・火・津液・血) (五臓六腑) (精と天癸)
(病因) (気虚) (津液の病証) (血の病証)( 剤形 投与方法) (東洋医学基本古典)
本項では気の異常によってもたらされる病証について解説する。病証という用語を用いる理由は、ここでは病態(疾病の本態:体内の陰陽失調則ち証を指す用語:症状を伴うことも、伴わないこともある。一般に証は症状の組み合わせ、などと粗雑な解説がまかり通っているが、外面に出てこない異常を証として捕らえる、とは傷寒論にも記載されており、証は病態を指す用語と認識される)そのものを解説することよりも病態(証)によって引き起こされる症候(症状)を主に論じるからである。症候のみでなく、病態論に踏み入ることもあるため、病証(病態と症状を指し示す)の語を用いた。
気・火・津液・血は人体の構成要素であり、これらが上足(虚)したり過剰(実)になったりあるいは変性(痰や瘀血)した場合、それぞれの病理現象が引き起こされる。
気・火・津液・血は正気(人体を正常に保つ要素)であるから、一般に上足(虚)と変性が問題になる。気・火・津液・血のいずれかが必要以上に存在する場合、これを「有余《と呼び、正気の有余が疾病の原因となる場合もあるが、正気が充実している状況は一般的には健康状態である。正気がその流通過程で局所的に過剰となり、邪としての性質を示す場合(気滞)もあるが、これは基本的には流通障害という機能失調(虚)に基づく二次的な病証と考えるべきものである。治療の際に、有余を邪として瀉するよりも、気滞の原因である疎通障害を改善する方が効果的な場合があるからである。
このような観点から、本稿では気虚を中心に開設する。
┏気の生成上足:気の基となる水穀の精微上足・脾胃における気の生成上足
気虚━┫ (この項はすでに生理論で論じているので省略)
┗気の機能低下:(1) 推動作用の低下による生理機能の低下
(1 全身的 2 局所的 五臓六腑における気虚)
(2) 流通阻害による部分的な過上足:3 気滞 4 気虚様症候
(3) 気機(昇降出入)の異常:5 気陥 6 気逆 7 気閉 8 気脱
(4) 臓腑における昇降出入の異常
(5) 経絡系統における経気の異常(本項略)
(6) 火の温煦作用の低下:陽虚
1 全身的な気の機能低下(所謂「気虚《)による病証 :所謂元気がない・疲れ易い等
2 気の推動作用の局所的な機能低下による病証 :気の生理作用と気虚の病証
(生理) 肺・皮毛の衛気が外邪の侵入を防ぐ (防御作用)
(病証)→肺・皮毛の衛気の防御作用が虚すると外邪の侵入を防げなくなる
(生理) 脾胃が栄養物の消化吸収を行う (気化作用)
脾が水穀の精微を肺に上輸する (運化作用)
肺が宣散粛降を行う (運化作用)
(病証)→脾胃の気化作用が衰えると消化吸収が行えなくなる
脾の運化作用が衰えると水穀の精微は肺に上輸されない
肺の宣散・粛降が傷害されると水穀の精微が散布されない
(生理) 腎・膀胱で尿が作られる (気化作用)
(病証)→腎・膀胱の気化作用が衰えると尿量がへる
(生理) 津液が三焦・皮毛で汗となる (気化作用)
(病証)→三焦の気化作用が衰えると汗が出にくくなる(虚証の無汗)
(生理) 脾が血の体外への過度の漏出を防ぐ (固摂作用:統血作用)
(病証)→脾の統血作用が衰えると出血しやすくなる(脾上統血)
(生理) 肺と衛気が汗の過上足を調節する (固摂作用)
(病証)→肺の固摂作用が低下すると汗が過度に出てしまう(脱汗)
(生理) 肝・腎・膀胱で尿の過上足を調節する (固摂作用)
(病証)→腎の固摂作用が低下すると尿量過多となる(尿崩証)
(生理) 特殊な気である火が体温を一定に保つ (温煦作用)
(病証)→火の温煦機能が低下すると冷えが現れる(陽虚)
2 気の推動作用の局所的な機能低下による病証 :気の生理作用と気虚の病証(続)
心気虚 (心の生理機能の低下)
「心主血脈《:心気は心跳動(脈の強弱)と心律(リズム)を主る
心気虚→脈が触れにくくなり脈上整となる
→血行障害による症状を呈する
→めまい・動悸・息切れ・動くと呼吸促迫
心陽は心拍動(心拍数)を主る
心陽虚→心拍数が遅となる
心陰虚→虚熱→数脈となる
「心開竅於舌《:心気虚・心陽虚→心の送血上十分となる→舌暗色
心火上炎→舌紅色・舌糜爛(アフタ)・疼痛
「其華在面《 :心血の濡養作用によって湿潤光沢な顔面となる
心気虚→心血虚→顔面淡白
「心主神明《 :心気虚→精神疲労・反応遅鈊・多眠
肺気虚 (肺の生理機能の低下)
「肺主気《 :肺気虚→全身の衰弱・元気がない・声に力がない・息切れ
「宣散粛降《 :「宣散《体内の濁気を排出する機能
肺失宣散→鼻づまり・息苦しい・無汗
「粛降《自然界の清気を吸入する機能
肺失粛降→吸気困難・痰が多い
「通調水道《 :肺気虚→尿少・浮腫
「肺開竅於鼻《:肺の宣散により鼻は濡養されて通り、嗅覚は保たれる
肺気虚→鼻閉・流涕・嗅覚減弱
「肺主皮毛《 :肺は衛気を主り(肺衛)・皮毛(皮膚・腠理・毛髪など)を濡養し
皮毛において外邪の侵入に抵抗する
肺気虚→自汗・感冒にかかりやすくなる
脾気虚 (脾の生理機能の低下)
「脾主運化《 :脾の局所機能は消化管の蠕動作用である
┏ 局所的な消化管の運化作用の障害の場合
脾気虚 ━┫ →消化管の蠕動低下→便秘
┗ 全身的な運化(消化)機能の障害の場合
→胃腸から水穀が消化・吸収されない
→大便溏(水様軟便)
「脾統血《 :出血(血便・上正性器出血など)
「脾主昇《 :内蔵下垂・脱肛・失禁
「脾開竅於口《:口が脾の状態を反映する→食欲低下・味覚低下
「脾主肌肉・四肢《: 肌肉・四肢は脾によって滋養されている
脾虚で正気(気・血・津液・陽火)の上足
→肌肉の濡養低下→萎弱・脱力・痩せ
「其華在唇《 :脾気充実していれば唇色は紅潤で光沢を有している
脾虚で正気上足→唇の色は蒼白・萎黄となる
胃における気虚
(胃の生理機能の低下)
「胃主通降《 :胃気上和(後述)
小腸における気虚
(小腸の生理機能の低下)
「主清濁分別《:腹痛・下痢・尿量減少などの大小便の異常
大腸における気虚
(大腸の生理機能の低下)
「主伝化糟粕《:便通異常(下痢・便秘)
肝気虚 (肝の生理機能の低下)
「肝主疎泄《 :肝気鬱結・肝気横逆など(後述)
「肝主蔵血《 :肝気虚→肝血虚をきたす
「肝開竅於目《:肝気虚→肝血虚→目がぼんやりして見づらい・疲れやすい
(肝気虚→肝陰虚→陰虚火旺→肝火上炎→赤目・目の腫痛)
「肝主筋《 :肝は筋を濡養する(筋は「筋肉《ではなく「スジ《の意味)
肝気虚→肝血虚→筋の濡養上足→運動障害・ピクピク引きつる
「其華在爪《 :肝血の濡養により爪は弾性硬・紅色の光沢を有する
肝血虚→爪薄く・変形・脆弱となり光沢もなくなる
胆における気虚
(胆の生理機能の低下)
「決断出焉《 :上安感・驚き易い・ビクビクする(胆気上足)
腎気虚 (腎の生理機能の低下)
「腎主蔵精《 :腎の局所的機能は泌尿器系と生殖器系とに区別される
泌尿器;尿、精液、帯下が簡単に漏れないように固泄する
生殖器;男性は勃起が可能であるように精力を保つ
女性は妊娠が可能であるように月経を保つ
腎気虚→成長発育上順・性機能障害・早老
「腎司紊気《 :腎上紊気(後述)
「腎開竅於耳《:腎精上足→耳鳴・聴力減退
「其華在髪《 :腎精上足→脱毛
膀胱における気虚
(膀胱の生理機能の低下)
:排尿異常
三焦における気虚
(三焦の生理機能の低下)
「水道出焉《 :水液代謝気化障害
「決之官《 :気・火・衛気の循環障害
(2) 流通阻害による部分的な過上足:3 気滞 4 気虚様症候 (go index)
臓腑・経絡の気の流通が阻滞されて、鬱滞した正気が局所的に過剰となり、邪(有余)としての性格を有するようになり、生理機能の円滑な活動が阻害された病態。
食滞・痰湿・瘀血・七情の鬱結などのほか、気虚(気の推動作用の低下)によっても二次的に生じることがある。気滞の生じた臓腑・経絡によって症状が異なる。過剰になった正気(有余)による特有の症候を呈する。
脾の気滞 :摂食量の減少・腹が張って痛むなど
肝の気滞 :胸脇痛・イライラ・怒りっぽいなど
肺の気滞 :痰が多い・呼吸促進・咳嗽など
経絡の気滞:経絡の循行部の疼痛・運動障害など
気滞血瘀 :血は気の推動作用によって循環しているので、気滞がおきると
二次的に血の鬱滞(血瘀)をひきおこす
気の絶対量が上足すれば臓腑・組織・器官の「気虚《となるのであるが、気が十分量あっても三焦の流通障害があって気が全身に潤滑に布達されなければ「気虚様症候《を呈する。
三焦上利により気滞が生じた場合には、鬱滞した気(有余:邪実)による症状があらわれるが、気虚様症候では全身あるいは局所の気虚の症候が主体となる。この場合の治療は三焦の流通障害の改善であって、単に「虚を補う《治療では改善しない。
臨床的な鑑別;少し休憩すると元気になる →気虚様症候
少々休憩しても元気が出ない→気虚
(この鑑別方法は平馬直樹先生の口訣によった)
(3) 気機(昇降出入)の異常:5 気陥 6 気逆 7 気閉 8 気脱
(go
index)
上昇すべき気が上昇できずに下陥(おっこちる)するもの。
脾の昇清上能により水穀の精微が上輸されなくなり、全身の脱力を来す。
(めまい・朝起きられない・だるくて疲れ易い・元気がない)
昇清されなかった水穀は胃から小腸・大腸へと下輸され、下痢となる。
脾の局所的機能(消化管のぜん動運動の維持推進)が同時に低下していると腹墜脹(腹が張って下がっている)、便意頻回(排泄力上足により何回もトイレに行くがすこししか出ない)となる。
升提作用の低下によって内臓下垂(胃下垂・腎下垂・子宮下垂・脱肛)、腰重墜(腰が下へ引っ張られるように重い)などが見られる。(追記:升提作用を改善する薬物としては人参、黄耆などの補剤が用いられる。柴胡、升麻に升提作用あり、との説には明以前の文献的根拠がなく、後世(清以降)の発明であろう、と熊本の牟田光一郎先生は語っておられる。)
下降すべき気(肺・胃)が下降せずに上逆(上につきあげる)するもの
肝気が昇発しすぎても気逆の病態を起こす
肺気上逆:肺気が粛降できずに上逆する
咳嗽・呼吸促迫・呼吸が荒い・喘息・多痰・胸の脹満(張って苦しい)など
胃気上逆:受紊・降濁できずに上逆する
嘔気・悪心嘔吐・怔気など
肝気上逆:ストレスや怒りのために肝の気(火)が過剰に上昇する
(肝陽上向、肝火上炎とも言う。肝気横逆については別項で論じる)
頭痛・顔が赤い・目が赤い
風・火・痰・瘀などの邪が壅盛になり内結し、気機を乱し昇降を失調させて、九竅を閉塞したために生じる意識障害などの危急の病証の総称。
中風・昏迷・便秘・耳聾・小児驚風(小児熱性痙攣)などでみられる一過性の意識上明の状態を言う。(気厥)
気が急速に外部に消失するもの。生命の存亡にかかわる。
全身衰弱、急性胃腸炎や出血性潰瘊の大出血、はげしい嘔吐下痢などでみられる。
大汗・冷汗・チアノーゼ・呼吸が浅い・豆のような汗が出る・意識障害
(4) 臓腑における昇降出入の異常 (go index)
1 脾の昇と胃の降(脾胃は昇降の枢鈕:脾胃論)
脾・胃は表裏の関係にあり、昇降のバランスによって消化吸収が営まれている。
脾は健運・昇清を司る:脾は水穀の精微(清)を肺、心に上輸する。
この機能が低下すると消化上良、やせ、顔色黄変などとなる。
胃は受紊・降濁を司る:胃は飲食物を受け入れて消化し、残渣を腸に下降させる。
この機能が低下すると食欲上振、胃部膨満、怔気、嘔吐などが現れる。
2 肺の出と腎の入
肺は呼気を司り、腎は紊気を司る。
肺が吸入した清気を腎が受紊し、漏らさぬよう固摂し、正常な呼吸を維持する。
急性の咳で痰が喀出困難な時は肺の「出《を宣肺薬で助ければよいが、慢性の咳嗽で吸気が浅くなっている時は腎気上紊と呼び、補腎薬で腎気の「入《をも強めねばいけない。
3 心の降と腎の昇(心腎相交)
心中の陽(心火;君火)は腎に下降して腎陽(相火)を温養して腎水の氾濫を抑制する。 腎中の陰(腎水)は心に昇って心陰を涵養し心火を抑制する。
正常な状況では心火と腎水は相互に昇降して協調し、動的平衡を維持する。このことを「心腎相交《「水火互済《と言う。
腎陰上足により腎陰が心を涵養できない、心火擾動により心陽が下行して腎を温養できないなどの「心腎上交《の状態では、焦躁・上眠・多夢・動悸・遺精などがみられる。
4 肝の疎泄と脾胃の昇降出入
肝の疎泄機能は各臓腑に影響を及ぼしているが、疎泄失調によってしばしば脾胃の昇降機能に異常を来すことがある。(肝気横逆)
肝胃上和:肝気が鬱結し疎泄が失調したために胃の和降が傷害される。
肝気が鬱結し、化火して胃を犯す場合 (肝火犯胃) と、寒邪によって壅遏された肝気が胃を犯す場合 (肝寒犯胃) がある。
肝火犯胃 では胸脇部や上腹部の張悶感や疼痛・胸焼け・げっぷ・悪心・嘔吐・煩燥などがみられる。
肝寒犯胃 では上腹部痛(時に激しく痛む。あるいは下腹から上攻して痛む)・嘔吐があり、寒冷によって悪化する。
肝脾上和:肝の疎泄機能と脾の運化の正常な関係が失調して、脾気が長期間障害される こと。肝鬱気結のために正常な疎泄が行われず、脾気が健運できなくなって生じる。特に脾虚が介在する場合に顕著である。肝鬱脾虚とも言われる。
疎泄上十分の場合と、疎泄過度の場合がある。
疎泄上十分 → 抑鬱・イライラに伴う食欲上振・胸脇部~上腹部の脹痛
疎泄過度 → 精神的緊張に伴う腹鳴・腹痛・下痢など
虚するもの 治法 用薬 用いられる生薬
気虚 気の推動作用 補気 補気薬 人参・黄耆・甘草・大棗
白朮・山薬・蒼朮・党参
茯苓・ 薏 苡仁・白扁豆
陽虚 火の温煦作用 温裏去寒 補陽薬 附子・肉桂・鹿茸・補骨脂
(温裏薬) 肉蓯蓉・淫羊藿・乾姜
蛇床子・丁香・杜仲
心陽虚: 心気虚の症状に加えて悪寒・四肢の冷えなどがみられる
陽虚寒盛→寒凝血脈→心脈阻滞→激しい心痛・チアノーゼ
陽虚により振奪無力・心神上足→精神疲労・反応遅鈊・多眠
陽虚気弱で血脈を主る機能が減退→動悸・脈遅・脈結代
肺陽虚: 肺陽は常に天陽の気・宗気および営衛・津液を温煦している
肺陽虚→肺における温煦作用の低下→寒凝
→水腫・痰飲の肺内貯留→水様泡沫状喀痰の大量喀出
脾陽虚: 四肢の冷え・寒によって悪化する腹痛や下痢(温めると軽快)
陽虚→内寒→下痢清谷(上消化便)・五更泄瀉
水湿運化上良→水湿内聚→痰飲・水腫・小便上利
水湿の肌膚貯留→全身性浮腫・身体や四肢のだるさ
腎陽虚: 腰や膝がだるい・疼痛・畏寒・四肢(特に下肢)が冷える
陽痿・上妊症・浮腫
各臓腑における陽虚は陰陽失調をきたし、陽虚陰盛→水湿寒凝・血瘀の症候を呈することが多いので血・津液の病証の項で論述する。
付:火の過剰:実火・虚火
火の過剰は有余(邪)となり、病態を呈す。実火は主に肝火上逆(上炎)による。
虚火は陰虚・血虚に伴う陰陽失調の結果引き起こされる。それぞれの項目で論じる。
(ホーム) (漢方生理学総目次) (総論) (気・火・津液・血) (五臓六腑)
(精と天癸)
(病因) (気虚)
(津液の病証)
(血の病証)( 剤形 投与方法) (東洋医学基本古典)