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精と天癸(てんき)(成長・発育・生殖・老化)について
気・火・津液・血が五臓・六腑・奇恒の腑において滞りなくその活動を行うことによって健康が保たれる。これが今まで述べてきた漢方医学の人体観・健康観であったが、これらはある一時点における人体の状況を解説したものであった。
人間は、生まれ、成長し、子孫を残し、やがて老いて行くという宿命を背負っている。
この章では、人の成長・発育・生殖能力についての重要な概念である「精」と「天癸」を取り上げる。
−本文−
「精」は「米を磨いてできたエキス分」と言う意味の文字で、転じて「人が生きて行く上で必要不可欠なもの」との意味合いで漢方医学では用いられている。
「精」は「先天の精」と「後天の精」とから成り立ち、機能の上からは「精気(正気=気・火・津液・血を包括した概念)」と「腎精(生殖の精)」とに分類される。
「先天の精」 ┓ ┏ 「精気(正気)」
┣「精」┫
「後天の精」 ┛ ┗ 「腎精(生殖の精)」
「先天の精」と「後天の精」
「人の生が始まるは、まず精からなる。精成りて脳髄生ず。骨は幹となり、脈は営となり、筋は剛となり、肉は牆となり、皮膚は堅くして、毛髪生じ、穀胃に入り、脈道以て通じ、血気すなわち行く」 (霊枢経脈)
「天の我に在るものは徳なり。地の我にあるものは気なり。徳流れ、気打って生ずる者なり。故に生の来たるを、精という」(霊枢本神)
これらの文章で述べられた「精」は人が誕生する際に持って生まれるところの、生命現象の根本、個体の始まり、と言う意味で用いられている。
父母から譲り受けた個体としての生命の始まり、生命現象の根源を先天の精と表現する。
出生後、飲食・呼吸により、脾胃(水穀の精微)と肺(太宗の気)で吸収され、生成された栄養物質やエネルギーによって五臓六腑は養われ、生命活動は維持される。
飲食物の消化吸収や呼吸によって脾胃・肺で生成される食物のエキス分(水穀の精微)や酸素(太宗の気)の合わさったものを後天の精と呼称する。
後天の精は気・火・津液・血の原型として各臓に貯蔵される。精は各臓腑においてはそれぞれ気・火・津液・血にわかれて機能し、腎においては精そのままの形で機能を果たすと考えられている。
日本語では、「精をつける」と言うと「栄養のあるものを食べて元気になる」と言った意味になる。「精も根も尽き果てた」とは「疲労困憊した」ことを表現する。この場合、「精」の語は「元気・栄養」などの意味合いを含んでいるようである。
また、「精力絶倫」は生殖能力盛んな男性の形容詞に用いられる言葉である。
このように、日本語の「精」には「元気・栄養」と、「生殖能力」の二つの意味合いが含まれている。
漢方医学における「精」も、日本語と同様に、元気(気・火・津液・血)を表現する「精気(正気)」(広義の精)と、人体の成長・発育・生殖をつかさどる「生殖の精(腎精)」(狭義の精)との二つの意味合いで用いられている。
「邪気盛んなれば則ち実。精気奪わるれば則ち虚」(素問通評虚実論)
「精なる者は、身の本なり。故に精を藏する者は、春に温を病まず。」(素問金匱眞言論)
「陰は精を藏し起亟するものなり。陽は外を衛りて固をなすものなり。」
(陰は体内に精を藏するものであり、人体の気の発生する源である。陽は外部を防衛するものであり、肌Gを緊密にするものである。)(素問精気通天論)
「水を陰となし、火を陽となす。陽を気となし、陰を味となす。味は形に帰し、形は気に帰し、気は精に帰し、精は化に帰す。精は気に養い、形は味に養い、化は精を生じ、気は形を生ず。味は形を傷り、気は精を傷る。精は化して気となり、気は味に傷らる。」(素問陰陽応象大論)
「所謂五臓は、精気を藏して瀉さざるなり。故に満ちて実することあたわず。」(素問五臓別論)
ここで述べられている「精」(あるいは「精気」)はいずれも「広義の精」であり、「正気」「元気」と同義の意味合いで用いられている。則ち、ここで述べられている精は気・火・津液・血を包括した概念であり、人体を構成し、生理機能を営み、外邪から身体を防衛するものとして「精」の語が用いられている。
広義の「精」は、五臓に広く分布しているとされている。
「食気胃に入れば、精を肝に散じ、気を筋に淫す。食気胃に入れば、濁気心に帰し、精を脈に淫す。脈気、経に流れ、経気肺に帰す。肺は百脈に朝し、精を皮毛に輸(おく)る。毛脈、精を合して気を府に行かせる。府の精、神明、四臓に留まり、気権衡に帰す。権衡以て平かなれば、気口寸を成し、以て死生を決す。
飲胃に入れば、精気を游溢し、上りて脾に輸る。脾気、精を散じ、上りて肺に帰す。水道を通調し、下りて膀胱に輸る。水精四(よも)に布(し)き、五経並び入り、四時・五臓・陰陽に合し、揆度して以て常となすなり。」(素問経脈別論)
広義の「精」は人体を正常に保つために、なくてはならないものであるが、五臓にかたよりなく分布することが必要で、ある臓の気の虚に乗じて互いに一か所に集中すると、その臓の関係した症状を呈するようになるとされている。
「五精の并する所。精気、心に并すれば則ち喜ぶ。肺に并すれば則ち悲しむ。肝に并すれば則ち憂う。脾に并すれば則ち畏る。腎に并すれば則ち恐る。是れを五并と謂う。虚して相并する者なり。」 (素問宣明五気論)
(并:併合して入るの意。五臓の精気がそれぞれの臓にあるときは病気にならないが、一臓に集中すると、有余として生じた邪気がその臓気を実ずることになり、その臓器の感情(五志)をあらわすのである。五臓の精気が心に集中すると喜び笑うようになる。肺に集中すると悲哀を感じるようになる。肝に集中すると憂慮するようになる。脾に集中すると畏れおじけるようになる。腎に集中すると驚き恐れるようになる。これが所謂五并である。五臓の精気がある臓の気の虚に乗じて、一か所に集中するために起こるのである。)
狭義の精(生殖の精:腎気・腎精)について (go index)
人間は生まれ、成長し、子孫を残し、老化し、やがて死んで行く、という生物としての宿命を有している。人の一生の経過を、黄帝内経は以下のように記している。
「女子七歳腎気盛、歯更髪長。二七天癸至、任脈通、太衝脈盛、月事以時下。故子有。三七腎気平均。故真牙生而長極。四七筋骨堅、髪長極、身体盛壮。五七陽明脈衰、面始焦、髪始堕。六七三陽脈衰於上、面皆焦、髪始白。七七任脈虚、太衝脈衰少、天癸竭、地道不通。故形壊而無子也。
丈夫八歳腎気実、髪長歯更。二八腎気盛、天癸至、精気溢写、陰陽和。故能有子。三八腎気平均、筋骨勁強。故真牙生而長極。四八筋骨隆盛、肌肉満壮。五八腎気衰、髪堕歯槁。六八陽気衰竭於上、面焦、髪鬢頒白。七八肝気衰、筋不能動。天癸竭、精少、腎臓衰、形体皆極。八八即歯髪去。腎者主水、受五臓皆衰、筋骨解堕、天癸尽矣。故髪鬢白、身体重、行歩不正、而無子耳。」(素問上古天真)
(女性の一生は、七年ごとに体の変化が訪れる。すなわち、まず七歳で腎気の働きが活発化し、歯が生え変わり始め、髪も長くなる。十四歳で天癸(後述)が充満して任脈がスムースに通じるようになる。子種育成の原気である太衝の脈(衝脈)が盛んになり、月経が始まり、受胎することが可能になる。二十一歳になると腎気がからだ全体にいきわたり、肉体的成長が一応完了し成人となる。智歯も生え、全部の永久歯が生えそろうのである。二八歳になると筋骨が充実し、髪の毛の成長も頂点に達し、身体が最も強壮な時期をむかえる。二十八歳をピークとして腎気の働きが下り坂になり、三十五歳になると、顔面を栄養し髪に巡る陽命の脈が衰えるため容貌はやつれ始め、髪も抜け始める。四十二歳になると陽明、太陽、小腸の三つの陽経の脈の頭部に流注している部分が衰えるために容貌はまったくやつれてしわが多くなり、白髪が目立つようになる。四十九歳になると任脈は精気がなくなって空虚となり、子種育成の原気である太衝の脈が衰弱減少し、生殖の原動力である天癸が尽きてしまい、陰気の通路がふさがってしまい閉経を迎える。身体はぼろぼろに老い衰えて、もう身籠もることはできなくなる。
男性には八年単位で変化が訪れる。まず八歳で腎気は次第に充実し、歯も生え変わり始め、髪も成長する。十六歳になると腎気は盛んになり、天癸は発育して成熟し、射精することができるようになり、男女の構合によって子供ができるようになる。二十四歳になると腎気が充実し、身体すみずみにまで行きわたるようになり、筋骨はたくましく力強くなり、肉体的成長が一応完了する。智歯も生え始め、全部の永久歯が生えそろうようになるのである。三十二歳になると筋骨が充実し肌肉が豊かでたくましくなる。四十才になると腎気はその盛りを過ぎて衰え始める。頭髪は抜け始め、歯は枯れてもろくかけてくるようになる。四十八才になると、陽気が身体上部で衰え、顔がやつれ、髪ともみあげは白髪交じりのまだら模様となる。五十六歳になると肝気が衰え、筋脈の活動が自由でなくなり勃起もままならなくなる。天癸は尽きてしまい、精気も少なく、腎気も衰え、身体は弾力性を失って堅くなってしまう。六十四歳になると歯も髪も抜け落ちてしまう。腎は人体の水液の代謝を調節している臓である。腎はまた五臓六腑の精気を貯蔵している臓器でもある。五臓の働きが盛んな時期には、腎は精気にあふれ、射精が可能である。しかし、六十四歳にもなると、五臓の機能は衰えてしまい、筋骨はゆるみ、力は抜けて勃起不能となる。天癸が尽きてしまい、白髪白髭となり、身体は重く足取りもおぼつかなくなり、生殖能力もなくなってしまうのである。)
ここで言われている「腎気・精」は人体の成長・発育をコントロールし、生殖活動の源泉となる「生殖の精」を指している。「生殖の精」は腎に蔵されるとされているので、「腎気(腎精)」とも呼称される。
一生の経過を解説した文章には素問上古天真篇のほかに、次のような論文がある。
岐伯曰く。「人生まれて十歳、五臓始めて定まり、血気已に通じ、其の気は下に在り。故に好く走る。二十歳、血気始めて盛んにして肌肉方に長ず。故に好く趨る。三十歳、五臓大いに定まり、肌肉堅固、血脈盛満。故に好く歩む。四十歳、五臓六腑十二経脈皆大いに盛んに以て平定し、G理始めて疏に栄華頽落し、髪は斑白に傾く。平盛にして揺るがず。故に好く坐す。五十歳、肝気始めて衰え、肝葉始めて薄く、胆汁始めて滅し、目始めて明らかならず。六十歳、心気始めて衰え、憂悲に苦しみ、血気懈惰す。故に好く臥す。七十歳、脾気虚し、皮膚枯る。八十歳、肺気衰え魄離る。故に言善く誤る。九十歳、腎気焦し、四臓の経脈空虚となる。百歳、五臓皆虚し、神気皆去り、形骸獨り居して終わるなり。」 (霊枢天年)
ここでは「精・天癸」の用語を用いずに人生の経過が解説されている。
霊枢天年篇は精・天癸の概念を認知していなかった学派によって著されたものか、あるいは精・天癸の概念が導入される以前に著された論文なのかも知れない。
素問上古天真篇は、霊枢天年篇と、前後の文脈構成も含めてよく似ている。(いずれも黄帝と岐伯の対話形式で、黄帝の昔の人は長生きだったのに何故昨今の人は短命なのか、との問いから始まっている。)
素問上古天真篇は、「精・天癸」の概念の導入に伴って、霊枢天年篇を改竄(改変)したものなのかも知れない。
「天癸」は、「男女の性機能の成熟と衰竭の指標で、人体の成長発育を促進し月経・妊娠を維持する機能」と定義されている(「中医学用語小辞典」神戸中医学研究会編)
「天癸」の癸の字は、十干(甲・乙・平・丁・戌・己・庚・辛・壬・癸)における末尾に見られる文字で、十干は甲から始まり癸で終わり、一巡りした十干は、また甲から始まり、循環することより、「癸」の字には、一定の順番をもって巡ってくるもの、終わりと始まり、再生の意が示されていると考えられている。
人の生殖能力は、出生時には備わっていないものであるが、出生後、一定の年齢になると、一定の周期をおいて巡ってくるようになる。
「天癸」は「ある時期から出現する生殖能力」と言った意味になる。
天癸に促され、女子には月経が起こり、男子には精通が見られるようになるのである。
「天癸」は腎気が盛んになるにつれて始めて化生し、肝腎の精血が虚衰するにしたがって衰えるもので、化生されて初めて人体に働く時、および衰えた時には必ず人体にある程度の影響(陰陽の一時的なアンバランス、あるいは五臓の関係の失調等)を及ぼす。もし、その影響が生理的な適応閾値を越えると、「更年期症候群」などの機能的疾患を引き起こす原因となる。
更年期障害においては、この「天癸」の概念を認識し、「天癸」の満ち欠け−とくに更年期障害においては天癸が急激に枯渇することが症状の悪化をもたらすと考えられる−に注意を払った対応が必要であろうと考えられよう。
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